平安時代の貴族たちの暮らしぶりは、今の私たちが思うよりもずっと階級やお金でハッキリ分かれていました。
結論から言うと、平安貴族の収入は「位」と「官職」の二本立てで決まり、これによって生活の豊かさが大きく左右されていたのです。
平安京の貴族社会と収入のピラミッド
当時、日本の人口は約600万人で、平安京には約10万人が住んでいました。
その中でも、律令官僚は全国で1万人以上いましたが、実際に裕福な暮らしをしていた高級官僚はわずか10~20人ほど。
中級官僚は150~200人ほどで、この二つの階層の家族を含めると平安京の約1000人が、まさに「お金持ち」の部類に入っていたのです。
- 高級官僚:三位以上。官職がなくても位給だけで裕福。
- 中級官僚:四位・五位。地方の国守になると収入増。
- 下級官人:六位以下。出世が難しく、生活も質素。
「位」と「官職」の二本立て給料
平安貴族の給料は、単に働くことで得られるものではなく、まず「位」による固定収入があり、さらに「官職」による手当が加わる形でした。
- 高級官僚は「位」だけで生活に困らず、官職は名誉や影響力を得る意味が大きい。
- 中級官僚は、中央官庁に留まるよりも地方の役職で収入を増やす戦略を取ることも。
- 下級官人は、上に上がるのが難しく、質素な暮らしを余儀なくされました。
官位はお金で買える?意外な実態
驚くことに、平安時代の下級官僚たちは、お金で官位を手に入れることもありました。
- 奈良時代の記録では、一般民衆が約6000万円に相当する銭を払って従五位下の官位を取得した例も。
- 中級官僚の官職を買うには、中央の人気の高い職なら1億円以上が必要だったと言われます。
一方で、藤原道長のような高級貴族は、国からの給料に加えて荘園という土地収入を持ち、さらに巨額の財力を手に入れていました。
給料だけでも、現在の価値で約5億円に達したと推定されています。
平安貴族の暮らしを想像してみよう
2千円紙幣の裏面に描かれている「源氏物語絵巻」の一場面は、平安時代の上級貴族の生活をモデルにしています。
豪華な衣装や広い邸宅、宴会の様子など、まさに収入格差がそのまま生活に現れていたことがわかります。
まとめ
平安貴族のお金事情を整理すると、ポイントはこの3つです。
- 「位」と「官職」の二本立てで収入が決まる
- 高級官僚は位だけで裕福、下級官人は出世が難しく質素
- 官位や官職はお金で手に入れることも可能で、土地収入でさらに裕福に
当時の収入格差は、今の世の中よりもずっと明確で、権力や財力が暮らしに直結していたのです。
平安時代の貴族の収入を知ると、歴史の裏側にある「お金の力」の大きさを実感できます。
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