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江戸時代のお金のしくみとは?大判・小判から一文銭までやさしく解説

江戸時代のお金のしくみとは?

結論から言うと、江戸時代のお金は「金・銀・銅」の3種類が同時に使われる、とてもユニークな仕組みでした。

この制度は「三貨制度」と呼ばれ、現代のようにシンプルな通貨とは違い、かなり複雑だったのが特徴です。

江戸時代は「三貨制度」で成り立っていた

徳川家康が全国を統一したあと、お金の仕組みも整えられました。

そこで作られたのが、3種類のお金です。

  • 金貨:大判・小判・一分金など
  • 銀貨:丁銀・豆板銀など
  • 銅貨:一文銭など

この3つを使い分けるのが、江戸時代の基本ルールでした。

「銀座」はもともとお金を作る場所だった

今の東京・銀座といえばショッピングの街ですが、実は名前の由来は江戸時代にあります。

当時は、お金を作る役所のような場所がありました:

  • 金貨を作る → 金座
  • 銀貨を作る → 銀座

つまり「銀座」とは、もともと銀のお金を製造していた場所の名前だったのです。

金と銀で数え方が違うって本当?

江戸時代のお金がややこしい理由の一つが、「数え方の違い」です。

金貨の場合(数で数える)

  • 1両(小判1枚)
  • 1両=4分
  • 1分=4朱

→ 枚数で価値が決まる

銀貨の場合(重さで決まる)

  • 匁(もんめ)という単位を使う
  • 実際に重さを量って使う

→ 同じ銀でも、重さによって価値が変わる

このように、金と銀でルールがまったく違っていたのです。

支払い方法も地域や用途でバラバラ

さらにややこしいのが、使うお金の種類が決まっていたことです。

  • 高額な取引(関東)→ 金貨
  • 高額な取引(関西)→ 銀貨
  • 日常の買い物 → 銅貨

このように、地域や場面によって使うお金が違いました。

まるで「円・ドル・ユーロ」を同時に使うようなイメージです。

両替商=今でいう銀行だった

お金の種類が多く、しかも価値の交換レートも変わるとなると、普通の人には計算が大変です。

そこで活躍したのが「両替商」です。

両替商の仕事はこんな感じ:

  • 金・銀・銅の交換
  • お金の預かり
  • お金の貸し出し
  • 遠くへの送金

つまり、今でいう銀行のような役割をしていました。

特に有名な商人には:

  • 鴻池
  • 三井
  • 住友

などがあり、後に大きな金融グループへと発展していきます。

お金の質が下がるとどうなる?

江戸時代の初めは、金や銀の質が高く、信頼できるお金でした。

しかし、時代が進むにつれて問題が起きます。

  • 幕府の財政が苦しくなる
  • 金や銀の量が不足する
  • 金属の質を下げたお金を発行

その結果どうなったかというと、物の値段がどんどん上がる「インフレーション」が起こりました。

これは現代でも同じで、お金の価値が下がると生活が苦しくなる原因になります。

まとめ

江戸時代のお金は、金・銀・銅を使い分けるとても複雑な仕組みでした。

数え方や使い方もバラバラで、現代の感覚ではかなり不便に感じるかもしれません。

しかし、その不便さがあったからこそ、両替商のような新しいビジネスが生まれ、今の銀行のルーツにもつながっています。

さらに、お金の質が下がると物価が上がるという仕組みも、この時代からすでに見られました。

普段何気なく使っているお金も、こうした歴史を知ると少し違って見えてきますね。

こちらもご覧ください

戦国時代のお金は誰が作っていた?武将たちが握っていた“お金の力”

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